コミュニケーションについて その1

人と話すのは楽しい。

いつからか人と話すのが楽しくなった。人生の途中から、大学くらいだと思う。

いわゆる大学デビューしたのだと思う。

大学入学当時から楽しい人、盛り上げ上手という評価をもらっていた。

おだてられて高く高く登ろうとしていて、且つ結果も出るから楽しかった。

 

でも、本当の意味で会話がうまいのではなかったのだと今では思う。

初対面や関係が浅い状況での会話が上手なだけで、深い話になるととたんに役立たずになっていた。機知にとんだ言葉や言い回しが出るわけでもない。相手の気持ちを包み込むような話題が展開できるわけでもない。

ただただ、刹那的な会話能力が高くなっただけであった。

 

社会人になってから、更に会話の能力が上がった。

人の相談に乗り、それに回答できるようになっていった。飲み会にも「話せる楽しい人」として呼ばれるようになった。

年々、会話の能力が上がっていったことに起因しているのだと思う。

 

でも仕事ではそのスキルがあまり役に立たない。宴会や接待ではめちゃめちゃ話せるのに、仕事の話の話になると途端に黙りこくってしまう。。。

 

大学から10年以上たって、デビュー当時のことを思い出した。自分は話すのがもともと得意ではなかったことを。

なぜ、いまのようになったのだろう。なぜできることとできないことが起こるのだろう。

 

この違いを考察することで、会話力とは何か、どのように向上させるのか ということの糸口となると確信している。

 

【書評】 会社というモンスターが、ぼくたちを不幸にしているのかもしれない。 サイボウズ株式会社代表取締役社長 青野慶久 著

先輩の紹介で読んだ本シリーズの第2弾です。

今回の題材となっているのは、サイボウズ株式会社代表取締役社長の青野慶久さんの著書、「会社というモンスターが、ぼくたちを不幸にしているのかもしれない。」です。

 

 

 

■著者:青野慶久さんについて

愛媛県今治市出身で、阪大工学部でシステムを研究されたあと、パナソニックに就職。その後26歳で地元今治市にてサイボウズを設立されました。

 

青野さんはまず、社員はもちろんのことや社会の方々が楽しく働くということをビジョンとされています。サイボウズのビジョンとして「チームワークあふれる社会を創る」ということを掲げておられます。

 2017年9月13日の日経新聞の朝刊に掲載されたものです。

*貼り付けた画像が見ずらいのでこちらを参照ください

働き方改革が楽しくない」 サイボウズが「お詫び広告」を出した理由 https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/cybozu?utm_term=.lkAZWePbw&sub=0_11812558#11812558

 

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これは、サイボウズが働き改革に長年取り組んでおられてきたようです。サイボウズの社会への価値提供として、チームワークがあふれる社会を創るという点を重視しているにもかかわらず、昨今の社会はその動きに逆行する形で進んでします。

ゆえに、サイボウズは社員の首を絞める社会構造を変えると、力強くこの広告を使ってPRしています。

 

 

またTwitterではこのようなツイートを発信しており、話題となりました。

 

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本著書にもこの文言は出てきます。

 

 

この本に触れ、青野さんの言葉からいろいろと考えさせられました。

本当に、大きい企業に勤め続けることが幸せなのだろうか?いまやりたいことはないのか?

それに自分のリソースを集中させなくて、死ぬときに後悔しないか?

 

 

■会社、カイシャとは?

 

本著の前半で、カイシャのモンスター性について語られています。

いまある大企業のほとんどがモンスターとなっており、そこで働いている社員はみな我慢を強いられているということです。

もともと、企業は高い志を持って創業者によって生み出されました。しかし、そのビジネスが成功して資金を獲得し、創業者から代替わりすると、そのお金や権威を求める経営者が企業の経営を担うことになります。創業者と一体だった会社はいつしか、法人という人格を獲得して、経営者にその存続を代行させるカイシャというモンスターとなります。

そのモンスターの中で、年功序列に従って長年我慢して経営者となった人たちが経営するのですから、下の社員たちへも同じように我慢を強いるのです。そして、その我慢を耐え抜いた人が次の経営者となります。ゆえに、今の日本の大企業には我慢レースを強いる風土が根付いているかもしれないと、青野さんは言っています。

 

 

理念を失い、お金や権威を維持することを目的としているカイシャに所属している社員は我慢レースを強いられるのですから、楽しいわけありません。

現に私の周りでも「仕事は楽しいわけない」という人がほとんどです。自分の先輩や上司がそんなモチベーションで働いているのを目の当たりにして、疑問に思わないほうがおかしいと思います。しかし、カイシャで働く=我慢レースをする という思考停止が常態化している量産型のソルジャー文系社員は、私も含め、仕事は楽しくない、毎朝つらいけど我慢しなければならないと心に言い聞かせて出社するしかないのです。

この本を読まなければ、仕事は楽しいことなのかもしれない、自分が考えることを放棄しているかもしれない、という大切な点に気が付くことはできなかったと思います。

 

 

 

■どのような働き方がよいのか?

人はやれること、やりたいこと、やるべきことの3つの領域が重なるエリアに高いモチベーションを感じるそうです。

やるべきこととは周囲の人が期待する働きのことです。

そして、環境、どんな会社がよいのかという話です。まず、自分のアイディアを惜しみなく発信できることです。そして、同じ方向性のビジョンを共有している仲間と働けることです。そのうえで、社会や顧客から必要とされていることを実感できる職場であることだそうです。サイボウズの経営はこの環境を作り、社員の高いモチベーションを引き出すようにしているのだそうです。

歯を食いしばって我慢するのではなく、楽しいんでやりたいことを突き進んでいき、極めることで”ユニークな人材“になろうと提言されています。

 

 

いま、カイシャでの働き方に疑問を抱いている方や就活生は手に取り、読んでみることをお勧めします。

 

 

 

 ■受けた影響

自分が本当にやりたいこととは何かを考えます。

正直なところ、特にないのが現状です。焦りを感じます。

本当にやりたくて、寝食を惜しんで極めたいことがないです。それよりライトな程度でもはまっていることすらないです。隙あらばフェスに行きまくる人、歯を磨いているときや食事中でも家にいるときは隙あらば本を読み続ける人。そんな情熱を傾けるものがないです。少し前は、「好きなことがあっていいなー」なんて余裕かましていましたが、いまはその余裕はありません。好きなことを自分の気持ちのまま突き進んでステップアップしていく周りを見ていると、数年後には彼らが住む世界が遠い彼方へ行ってしまうような気がしています。

自分がやりたいことを見つけまで、すぐには到達できなさそうです。なので、まずは自分のアンテナを高く持って情報をたくさん仕入れて、そして、一歩踏み出してみたいと思います。

「こういうイベントがあるんだー」と興味を持ったら調べて行ってみる。「瞑想って体や心にいいんだー」と思ったら、調べて数日続けてみる。「こういう食べものはやってるんだー」と思ったら食べてみて感想を発信してみる。

なにか心に刺さったら、それを実践して、自分の糧となるような行動をしていくことで、自分の興味の方向性を探る1歩となるのではと思います。

 

【書評】 スタンフォードの自分を変える教室 ケリー・マクゴニガル 著

電子書籍で読むのが基本となって久しいですが、この本はぜひとも書籍版が欲しいと思いました。

大学での研究をもとにした、強い意志を持つための実践について書かれています。

多くの人が手に取るべき1冊である思います。

 

 

 

この本は1章~10章で構成されており、筆者のおすすめによると、1週間に1章ずつ読み、そこにある「実践すべきこと」を実直に行うと、10週間後には意志力を高められるというものです。

 

以下、それぞれの章について書いていきます。

 

1章:やる力、やらない力、望む力

 

この章は「意志力とはなにか?」という説明から始まります。

意志力とはやる力、やらない力、望む力で構成されています。やる力・やらない力はそのままの意味通りです。勉強をやる力、運動をやる力です。また、お酒を飲みすぎない力、たばこを吸わない力のことです。

そして、最後の望む力とは、自分が本当に欲しているものを強く望む力のことです。その望む力があるからこそ、何かをやる・やらないという選択ができると筆者は言っています。

 

そして、この章での実践すべきことは、

  • 何かをやる もしくは何かをやらないという目標を設定します。
  • その目標に対して阻害する要因があった場合、なぜ阻害されてしまったのかを認識する。
  • 瞑想を習慣とする。

 

の3つです。

まず目標を立てるのは言うに及びません。なんでもいいのです。英語を勉強するとか、おやつをなるべく食べないとかざっくりしていて大丈夫なようです。

大切なのは、やろう・もしくはやらないと思っていたことが達成されなかった時に、なんとなくで済ませるのではなく、何がそうさせたのか?について考えることが大切とのことです。

録画したアメトークが見たいから英語の勉強ができなかった。コンビニによったら新しいチョコが出ていたから買ってしまった。など、自分が建てた目標の達成を阻害することを認識することが大切なんだそうです。

 

そして、瞑想です。これは自分を落ち着けて、感情のままに行動するのを抑止する効果があるため、習慣としましょうと紹介しています。

 

 

 

 

イライラを軽減する癖が私にはあります。

イライラすると、深く呼吸をするために大きく息を吐くという癖です。

ただ息を吐くだけなのですが、それにより大声を上げたり、モノに当たったりせずに済んでいます。それ以上に周りからは怒らない人、感情の起伏が少ない人という印象を持たれます。

 

1章の瞑想の項目に深く呼吸をすることで、感情や衝動をいったん忘れて、自分の本当の目的を見つめられるとあります。

私はイライラから逃れるために自然と瞑想をしようとしていたのだなと発見しました。

 

イライラしたら、深呼吸してみる という手法はおすすめです。

 

 

 

第2章:意志力の本能

この章はストレスからの解放がテーマです。

意志力は本能的に備わっています。ただし、自制心がそれを制御しています。その自制心を安定的に作動させるためにはストレスが少ない状態を保つ必要があるとのことです。

 

ストレスがあるせいで、自制心が働かず、望む力が低下して、意志力が落ちるそうです。

なので意志力を高めるためにはストレスを軽減することが肝要とのことです。

 

この章での実践すべきことは、

  • 呼吸をゆっくりとする
  • 寝る
  • 運動する
  • 瞑想的なやつ(生理学的リラクゼーション)

 

 

呼吸をゆっくりとする。さっきの章でも出てきましたが、呼吸は大事なようですね。

また、睡眠不足もよくないようです。個人差があると思いますが、筆者は6時間以上寝なければならないと言っています。

また、運動することでリラクゼーション効果もそうですが、脳が活性化するのだそうです。

激しい運動は必要なく、5分~10分程度野外の自然に触れるだけでよいそうです。

公園を歩くとか、外でストレッチするとかが進められていました。

日本人は雑踏の中は歩いていますが、自然の中というのが重要で、気分転換をし、かつ運動するという点がポイントです。ストレスからの解放が目的ですから。

 

最後に瞑想的なやつ、です。これは体の緊張を解放して、深く呼吸するというものです。

これは生理学的リラクゼーション でググるか、「寝る前ヨガ」というアプリをダウンロードしてください。

 

 

以前の生活はストレスに溢れていました。家庭に問題があったので、それが原因であらゆるすべてのことにやる気が出ませんでした。そのため、仕事にも身が入らず、うまくいかない日が続いました。その仕事のストレスにより、さらに家庭の状況も悪化し、ストレスをより大きくしていきました。完全に不の循環の中にいました。

しかし、今は家庭の問題が解消されました。それにより、家庭起因のストレスは大幅に軽減されました。すると不思議なことにすべてのことにやる気が出てきました。勉強にも、仕事にも集中できるようになりました。いまではこうやって発信するまでにやる気が向上しています。

いかにストレスが恐ろしいものか、そしてそこから解放されるかが重要かを知りました。そのことを多くの人に分かってほしい、知ってほしいと切に願っています。

そのためにも、この章の実践すべきことは是非ともやってみていただきたいです。

 

<次回へつづく>

【書評】 「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす 佐光 紀子著

本著は家事のクオリティの固執が家庭環境の崩壊へつながるとの考え方の元、そこまで家事にこだわらなくてもよいのではということを示めしています。

女性は高度なクオリティの家事を求められるプレッシャーから疲弊していきます。そして男性の無協力の元、さらに心身をすり減らしていきます。その結果、疲弊した女性が家庭環境からドロップアウトする、もしくは家事スキルを持たない男性が取り残されることで、家庭環境が崩壊すると言っています。

 

以下は 本著書とは直接内容は関係ないですが、読んで感じたことです。

 

本著冒頭で

“なぜそんなにちゃんとした家事が大事なのか、いや、そんな家事、やらなくても生きて生きるんじゃないか”

と述べています。これには非常に同意します。

家事を自分がやらなければいけないことと間違って認識しているために、自分自身が生きづらくなっていってしまうのではないかと思います。

そこから脱出すればよいのです。

 

  • 社会と自分からの脅迫

女性も男性も社会から女性の社会進出を求められます。

女性はバリバリ仕事をこなし、かつ家事も完璧にこなすことを求められます。

男性は女性の社会進出に向けて会社の制度や家事を行うことを求められます。

 

女性の社会進出、社会参画などの単語が頻出します。日常でもよく耳にします。

実際、女性の正社員雇用や役員登用は進んでいるように感じます。

 

しかし、一部の方に言わせるとまだまだ十分ではないようですが、まずそもそも本人が望んでいないのではないでしょうか?

本人がフルタイムでバリバリ働きキャリアを積むことを志向していないのではないでしょうか?

 

周囲を見ても、総合職としてキャリアを積むことに小教区的な女性が多数です。

理由は、仕事の幅が広がり、自分のプライベートや家庭を滅して仕事に従事しなければならないからです。

また、2016年のヒットドラマ「逃げるが勝ちだが役に立つ」があります。

テレビは基本的に20代30代の女性の視聴率が高いのですが、その層に本ドラマが非常に受け入れられました。

私はこれから、女性はある種家庭に入ることを希望しているのだと類推できると思います。

社会からは、脅迫まがいに社会進出を求められています。しかし、まったくその土壌がない企業が多数ある中で、家庭と仕事の両立は大変困難です。されには結婚することも難しいと考えているのではないでしょうか?

そのような社会環境の中で出る答えは、家庭に入る、専業主婦となるということだと思います。

 

 

本書に、残業を断ったらボーナスが減額されるというのは不当だという主張がでてきます。

しかし、これは至極当たり前です。

大手金融などで導入されている地域限定社員などがよい例です。これは、転勤など総合職としてもとめられる業務をいくつか免除される雇用形態です。

もちろんその分基本給が低くなるため、ボーナスが減ります。これは減らされているのではありません。企業側からすると転勤などをしてくれるのであれば給料を“増やし”ます、ということを意味しています。

より多くを我慢するのであるから給料が高くて当たり前、自由を手にするのであれば、その分給料が減らされて当たり前という考えは社会通念上、当然の考え方です。

常識です。

それを不当だというのはお門違いであり、辞めたら?という話。

 

家庭や自分のやりたいことを滅して企業戦士として、業務を全うするということが当然であり、自分のすべきことと考えています。それが、企業に勤めるということであると。

 

ゆえに、家庭と仕事の両立する土壌がない企業であれば、そこから脱することこそ必要な行動なのではないでしょうか?

 

これは男性も同様で、男性も先述のとおり、家庭や自分のやりたいことを滅して企業戦士として戦っています。旧態依然とした企業であれば。

なので、そのような環境下の中で家事への従事も同時に求められています。

旧態依然とした企業に勤めることと、家事への従事は両立できないことなのだと思います。

 

堀江貴文さんの「すべての教育は洗脳である」 の中で、仕事=我慢という考え方に対して大変勉強になる考え方が述べられています。

教育は従順な工場労働者を要請する洗脳システムであると述べられています。

その教育を受けてきた人々が、我慢して就労すると考えるのは当たり前であり、その当たり前をベースとした企業に雇用される形式をとっている限り、その呪縛から抜けられません。

 

 

しかし、個人の思想は自由となり、個々人がそれぞれ自由な発想で生きていくことが許されている社会で、そのような旧態依然とした企業形態をとっている会社で働くことをだれが望むのでしょうか?

 

西原理恵子さんは以下のように著書で述べています。

 

“結婚か、仕事かだったら、どっちもとってください。

今はまだまだむずかしい社会だけど、どっちもとりましょうよ。

そしたら、どんなとこに就職するか、どんな夫がいいか見えてくる。“

西原理恵子著「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」より)

 

軍隊的なライン工を要求している企業に、自由な生き方や女性進出を求めることはできません。また、男性が家庭へ時間を使えるように求めることはできません。

それに対抗するためには数少ない先進的な企業に勤められるように自分を高めるか、自分でビジネスを創出するしかありません。

その努力を行うのか、甘んじて現状に従属するか、ある意味では自由に選択ができます。

男女関係なく。

 

変化に対応できない企業や人間が淘汰されるような行動をすることで、女性の社会進出を促すことができると思います。

従属し不平不満を言うのではなく、脱出すればよいのです。

 

 

 

  • ご近所さんによる脅迫

 

また本著ではSNSの台頭により、高いクオリティを家事に求められる点に苦しめられると述べています。

現実のコミュニティでSNSに否応なく参加させられます。みんながやっているので参加しなければならないためです。

よって、現実世界のコミュニティとバーチャルのSNS上のコミュニティが非常に密接につながっています。

そのSNSの中で、身近な他者、ご近所さんとかママ友の輝かしい日常を突き付けられます。

つい数年前まではテレビや雑誌の中だけであったため、自分の生活と比較して劣等感を抱くこともありませんでした。しかし、SNSにより、身近な人物の輝かしい生活が眼前に突き付けられます。

SNSの中の他者は、まるでホテルや旅館のような料理が並ぶダイニングテーブルで日常的に食事をしています。モデルルームかインテリアショップのようなリビングで過ごしています。また、ドラマや映画のようなおしゃれな店で仲の良い夫婦の休日を楽しんでいます。そんな身近な人の輝かしい生活と自分の生活を比較させられます。

よって、現代ではSNSにより、身近な他者からの家事のプレッシャーも受けなければなりません。

 

SNS映えするような完璧な家事、高いクオリティの家事をしなければいけないという強迫を受けます。

自分の劣等感を払拭するために、完璧な家事を達成し、それをSNSで公開しなければなりません。

 

ではなぜ、そのSNSから脅迫をうけるのでしょうか?

それは、自分を認めてほしい、ちやほやされたいという願望のせいであると思います。

本当はすべてにおいて称賛・羨望の的でありたいと思っているのに、現実ではそこまで輝かしい生活や人間ではない。そのため、SNSに映る姿だけでも輝かせたいという見栄の表れであると思います。

 

家事ではない違う場所を探して、そこでみんなに認めてもらう・ほめてもらうというようにしたらいいのではないでしょうか?

それが家事であればそのままでいいでしょうが、家事が好きでないのであれば不幸でしかありません。

家事は置いといて、自分が好きなこともっと極めていけばSNSに脅迫することもなくなります。

 

 

3.家事からの離脱

家事をしなければいきはいけません。少なくともQOLは低くなります。いきなり矛盾していますが。

汚い部屋で汚い服を着てまずい食事を食べるのは、現代日本においては不幸に分類されると、私は考えています。

 

ですが、同時に家事をすべて完璧にこなす必要性を感じていません。

いかに手を抜くか、いかに楽するか、が重要です。

 

もちろん、常にSNS映えする生活を送ることを自分の表現と位置付けているのであれば、それも一つの選択肢です。

 

それはあくまで選択肢であり、手を抜いて楽に家事をしてもよいのです。

家事の負担を軽くして、仕事に打ち込み、可処分所得を上げるという考え方が普通ではないでしょうか?

もちろん、家庭内での家事分担は大切です。しかし、本書でも述べられていますが、家事・育児・仕事の両立はなかなかに難しいです。

 

そういう場合は、時短テクニックや家事のアウトソースを頼ればよいと思います。

(たとえばこのようなもの:)

 

まだまだ家事のアウトソースに対して消極的な方が多くいますが、自己投資の時間を捻出するために家事をアウトソースし、自らの価値を高めることこそが将来の自分の所得を増やすことにつながると考えてみてはいかがでしょうか?

 

自分が本気で打ち込めることを見つけ、それに自分のリソースを投入することこと最も大事なことです。

それが家事でないのであれば、家事は徹底的に手抜きしたらよいのです。

 

 

【書評】 すべての教育は「洗脳」である 堀江貴文 著

「自分はまだ能力が足りていない」「自分には経験が足りていない」という理由で実行するのをためらったアイディアがあった。

「自分には才能がないから」という理由で“夢”の中から除外していた好きなことがあった。

 

この本を読んで、もっといろいろチャレンジすべきだ、チャレンジしていいんだと背中を押してもらえました。

自分が好きな気持ちに従い、何かに夢中になる力を伸ばすことで、この先の世界でも高い価値を持つ人材になれると、本著を読んで感じました。

 

 

 

 堀江貴文さんの すべての教育は「洗脳」である です。

本著は教育によって足かせを負わされている現代人の解放を目的に、どのような洗脳であるのか、どうすれば抜け出せるのかが書かれています。

自分のやりたいことを抑圧することを、堀江さんはその洗脳の一つに挙げられています。

学校教育が作り出した抑圧的な習慣のせいでやりたいことに踏み出せず、我慢を重ねて日々を過ごしている人が多数いると本著の中で言及されていました。

 

私にとって学校は我慢であるという認識はありませんでした。なので、会社に入っても我慢という感覚はほとんど持っていませんでした。

会社に貢献するために頑張る。顧客満足のために邁進する。個を滅して、事業貢献を行う。。。

そんな存在が当たり前になっていて、自分の好きを大切にすることを全く忘れていました。

 

文系大学は会社のソルジャー量産所であると、学生時代自分たちを揶揄していましたが、その実すっかりソルジャーが板についてきてしまっていました。

 

本著では学校の洗脳が

・目上の人に認められることをよいこととする

・我慢を積み上の位を目指す

・常識を重んじ、現在所属しているコミュニティに自分のアイデンティティを形成する。

といった認識を植え込むのだそうです。

 

事実、上司の評価を上げるために何でもし、顧客満足も上司満足も高められるようにしてきました。それが何か当然のことのように。そして、嫌なこともいやと思わないような顔をして上へ、上へ出世を望んでいました。ただそれが唯一の正解であるように。

 

そして、自分の名刺がそのまま自分自身となっていました。なのでその名刺に書かれる言葉が自分の価値であるかのように感じていました。OO大学出身で株式会社OOに務めている人。

 

自分をかたどるものは会社だけではないということに気づかされました。

会社の仕事を無心でするだけが唯一の正解であるとの強迫観念に囚われていたと気が付きました。

自分自身はもっと多面的で、自分が魅了されるものは世の中に多く存在していて、それに没頭することこと、真の自分の幸せなのではないかと思いました。

自分が恐竜博士であったこと。テレビドラマが大好きで、自分ならこういう話にするな、こういう展開にするなとノートに書いていたことを、こんな過去の夢たちを本著は唐突に私に思い出させました。

いつの間に“好き”を抑制されるようになったのだろう、寝食忘れて没頭するのを忘れたのだろう。

 

いま日常から少し離れ少し立ち止まって、本当に自分がしたいことは何かを考えました。

「才能」や「能力」や「経験」はいったん忘れて、自分が無心に没頭できるものは何か。

 

日常に少しでも疑問を持たれているのであれば、一読されてはいかがでしょうか?

 

【書評】ウラからのぞけばオモテが見える:コンテンツのデザイン思考についての示唆

製品やインテリアのデザインをされている企業、nendoの代表 佐藤ナオキさんの著書です。

いい製品とは何か?それをどのように発想するのか?という点についていくつもの示唆を与えてくれる本です。

 

【書評】革命のファンファーレ 現代のお金と広告

先輩に勧められて読みました。

著者であるキングコング西野さんが書く本ということが自分心の障壁となり触手が伸びなかったのですが、遅ればせながら読みました。

 

 

結果、

非常に読みやすいし、ためになることがたくさん書かれていて、おもしろかったです。

「自分も何かチャレンジしよう!」と思わせてもらえる本です。

 

絵本「えんとつ町のブペル」の製作戦略・販売戦略について書かれており、絵本以外・西野さん以外でも活用できるポイントがいくつもあるように感じました。

 

本著で書かれている内容をまとめると、

・セルフブランディングをすることで、提供するコンテンツの価値を高められる。

・経験価値に対して消費者は対価を支払う。

といったことかと思います。

 

あと、おまけで

・絵本戦略

についての視点は非常に勉強になりました。

 

では、1つずつ見ていきます。

 

本著の中で信用を高める点について重点を置いて語られています。

信用を高めることで、

・情報・アイディアが集まる。

・資金が集まる

というメリットを挙げられています。

 

インターネットによって、個人がそれぞれクリエーターになれる世界となっているため、自分がどれくらい情報を発信でき、どれくらい多くの信用を勝ち得るかが重要となってくると書かれています。

 

 

  • 経験価値

 

製品の“価値”というものは2つに大別できます。物質そのものの有用性と製品がもつ意味的な有用性です。

物質そのものの有用性というのは、靴であれば履いて歩くと素足を傷つけない、飲料水であれば体の渇きを潤す といった物質そのものから得ることができる良いことです。

 

一方で意味的な有用性というのは、その製品が内包している背景。・ストーリーです。

シャネルやヴィトンのバック・靴であれば、物質そのもの以上にそのブランドに対して対価を支払っています。

また、大切な人とのデートで買ってもらったイルカのぬいぐるみは他のイルカのぬいぐるみとは価値が違います。これも内包するストーリーにより価値が変わる例と言えるでしょう。

 

西野さんは自身のファンと一緒に作ることで、コンテンツをその参加者みんなにとって特別なものとしての意味付けを行いました。

また、自身のトークライブのお土産とするといった販売方法をとられました。

 

こうすることで、絵本そのものではなく、「自分で作った特別な作品」や「西野さんのトークライブに行った記念品」という別の意味付けを行い、コンテンツそのものの価値にさらに価値を加えることができます。

 

また、ストーリーを作ることでのさらなるメリットについても言及されています。

それは、そのストーリーに参画する個人が広告媒体となることです。

自分がいいと思ったものを宣伝したくなる気持ちを活かして、広告活動を展開できます。

西野さんは、今の時代口コミが広告として非常に重要である旨を本著で再三述べられています。

 

 

本著者の西野さんと同じことはできないかもしれませんが、この戦略から学び、活用できる点はいくつもあると思いました。

非常にわかりやすく書かれているので、製品戦略や広告戦略の学びにはよいのでは?と感じました。

 

 

 

 

最後におまけで絵本戦略についてです。

本著の中で「お母さん方は絵本選びに失敗したくない。」「子供が何度も読んで本当に気に入ったものしか買わない」という話が出てきました。また、「絵本はネタバレからスタート」というコメントもありました。

たしかに、絵本って一度しか読まない本ではなく、何回、何十回と読む本ですよね。

なので、西野さんはインターネットですべて公開したそうです。

これは以上に面白い視点だと思いました。

絵本って今も昔も同じような本がベストセラーですよね、これも「絵本選びに失敗したくない」って心理が働いているように思います。

厳重包装して立ち読みもできない状態で本屋に並べるのではなく、気に入ったら買ってくれ方式にしている。これはとても勉強になりました。